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カテゴリ:家族のこと( 8 )

赤ちゃん、ひと月

突然ですが、
この記事から、子どもたちの名前を
フウ(長女)、シュウ(長男)、タア(次男)、シイ(次女)と表記することにしました。
子どもが多くて、記号のようにした方が書きやすいので(^^)

さて。
3月1日に、赤ちゃんは、生後1ヶ月になりました。
そうそう、名前は、侑加(ゆうか)と名付けました。
(このブログでは、ユウ(三女)になります)
夫婦で、ああでもない、こうでもない、と名付けを迷っているうちに、フウが赤ちゃんを「ゆうかちゃん」と呼び始めてしまったのです。
フウは学校で習った字、ということで「有花」が良かったようですが、姓名判断というのを見たら、「凶」。姓名判断にこだわりすぎではないか、とオットにも母にも言われましたが、あえて「凶」の名前をつけるのも嫌だったので、別の字を考えました。

侑は、ゆるす、たすけるの意。
加は、白川静という文字学の第一人者による、「鋤を加えて田や畑を耕すこと、豊穣の意」という解釈を参考に、名前に入れました。

特に「加」の字の解釈が、夫婦で気に入りました。
土から生まれるさまざまなこと、ものを大事にする子に育ってほしいです。

さて、ひと月の間に、ユウも含めて、5人の子どもたち全員に成長の軌跡がありました。
子どもたちって、すばらしいです。

細かい話はまた次の機会に。

ひと月を過ぎたら、ユウはよく寝、起きている時は機嫌良い時間が増え、ニコニコ笑顔を振りまくようになり、ウンチも日中に3回くらいにまとまるようになりました。
急に楽になり、家事なども進むようになりました。

いよいよ七人家族の生活の本格的スタートです。
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by stafyk | 2015-03-11 22:44 | 家族のこと
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2月1日午前6時56分。
第5子となる三女が、無事誕生しました。
またまた同じような顔です。
これからますます賑やかになる我が家。
大騒ぎぶりが目に浮かびますが、でも、楽しみいっぱいです。
不安もないではない妊娠初期でしたが、今は喜びと安心に満たされています。

赤ちゃんを授かったことに感謝。
みな元気に過ごせることに感謝。

この子はどんな人生を歩んでいくのでしょう。

これからも、よろしくお願いします。

by stafyk | 2015-02-03 12:51 | 家族のこと

ご無沙汰しています

なんと、、、前回の更新から8か月も経っていました。。
立ち寄ってくださった方がいたら、申し訳なかったです。
そして、再びこれを読んでくださった方がいたら、
ありがとうございます。。

4月からいろいろなことがありました。
シホの保育園、
タツジの幼稚園それぞれ入園、
しゅうへいの小学校入学、
私のパート就職、
そして、

5人目妊娠発覚と妊婦生活。


あと2、3週間で家族は6人から7人に増えようとしています。

劇的な8か月でした。


シホはすっかり保育園に慣れ、相変わらず保育園では
おとなしい子のようですが、家ではよくしゃべり、
よくケンカを兄弟にふっかけ、元気いっぱいな女子になりました。
細かい多くのしつけを保育園でしていただき、ずいぶん
子育ては楽だったと思います。
そうこうしているうちに3歳になり、少しずつ、物わかりの良い
3歳児になってきましたが、いよいよ赤ちゃんが生まれる段になり、
不安ややきもちなどで、赤ちゃん返りが激しく、若干情緒不安定です。
3歳ゆえに、今までの子よりも事情がよく分かっているようです。
今のうちに甘えが出て良かったかな。

タツジもこれまた幼稚園大好きで、頼もしいお兄ちゃんに成長してきました。
シホには良い友達であり、やさしい兄ちゃんであり、時にはライバルになり、
とても良い兄妹になってくれています。
私の手伝いもよくしてくれて、本当にありがたい。
4月からはなんと、年長さん!
来年は小学生なのですねえ。
早いものです。
あんなに赤ちゃんだったのに。。
赤ちゃんを楽しみにしてくれています。

しゅうへいは、学校になじむのに時間がかかり、
登校しぶりも激しくありましたが、2学期の終わりから
雪が降り始めると、とっても楽しく通うようになりました。
それでも送りは親、それも教室まで一緒でないと
まだ駄目ですが、嫌がらなくなっただけでも大きな成長。
いずれは登校班で行ってほしいけど、一歩一歩、歩んでほしいところ。
家での冷静沈着さや快活さは、目覚ましいものがあります。
手伝ってほしいことはどんどん手伝ってくれるし、
しゅうへいの癖さえ理解していれば、手がかからなくなってきました。
これからの成長が楽しみ。

ふみこは、3年生になってずいぶん積極的に勉強や
クラスでの交友関係に向き合うようになりました。
猪苗代の歴史、さまざまな伝記など、興味の幅も広がりました。
そして、ことし一番の出来事は、初聖体を受けたことでしょう。
1年以上にわたる修道会での勉強を経て、ついに、
12月21日、初聖体の日を迎えました。
母から娘へ、娘から孫へと引き継がれた真っ白なドレスを身に着けて、
何だか生まれ変わったようになっていました。
お勉強したことを、大事にね。
ギターも、音符がだいぶわかるようになって曲ができるようになると、
とても楽しくなってきたみたい。
積極的にお父さんと練習するようになりました。
自覚して自分から練習するようになれば、ギターの力も伸びることでしょう。
がんばっていってほしいところ。

そして、私。

4月に事務員として入職し、4月の後半には妊娠が判明してしまいました。
誰にも伝える前に、7月には異動となり、事務より肉体的にハードな
介護の裏方仕事をすることになりました。
Iさんとの仕事は単調ながらも、事務の時にはなかった入所者の方との
かかわり、ランチ時のいろんな会話など、とても楽しい日々でした。
日々お腹が大きくなる中での肉体労働はなかなか大変でしたが、
なんとか産前6週まで働くことができ、産休に入りました。

出産予定日は2月1日。
ふみこは2日遅れ、
しゅうへいは予定日通り、
タツジは2日早まり、
シホは5日早まったことを考えると、
今度の子はもっと早くなるような気がしないでもありませんが、
長くてもあと2週間強で赤ちゃんは生まれることでしょうし、
ここまで無事に妊娠生活を続けることができたことには
ただただ感謝の気持ちです。

今までと違うのは、上の子たちが大きく成長していること、
ママ友達に頼っていた東京時代と違い、家族の絆を
より深めた猪苗代での出産であること、
すぐ上のきょうだいと3歳違いであり、昼間、赤ちゃんと2人きりに
なることが断然多くなること、です。
そのことは、楽しみでもあります。

妊娠生活、その他については、また次の機会に。

とりあえずの近況報告でした。

それではまた。。
by stafyk | 2015-01-17 05:10 | 家族のこと

ふみこ8歳のお誕生日

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9月21日は、ふみこの8回目のお誕生日だった。

前の日から風邪を引いてしまい、コンディションは最悪。
前夜は、風邪の上にシホに引っかかれたり嫌なことが重なり、
「誕生日の前の日なのに!いいこと、ちっともなかった!」
と布団でおいおい泣いている。

不機嫌になると、悪態つくわ、親でもにらみつけるわ、
弟を蹴るわ、という激しいふみこ。

そんなふみこだけど、泣いているのを見たら、
まあ、愛おしくなって、私も思いをぶつけてみる。

「ふみちゃんねえ、よくケンカしたりしちゃうけどね、
 お母さん、ふみちゃんが生まれてくれて、本当に
 良かったと思ってるんだよ。
 生まれてくれてありがとうね。
 いつも、我慢することも多いでしょう?
 大変だよね。お姉ちゃんは。
 それでも、何より、お母さん、
 ふみちゃんが世界でいっちばん、大好きなんだよ」

と話しているうちに、「下に行く〜!」と逃げ出すように
下に行ってしまったふみこ。
笑顔になったから良しとするか?

お誕生日なのに笑顔がないのはかわいそうだものね。
家を飾り付けて、朝はプレゼント買いに出掛けて、、
と思いながら、、
何も用意できずに子どもたちと一緒に早寝してしまった私。。

さて誕生日当日の朝。

「誕生日なのにつまんなーい」
とつまんながっているふみこに、以前ふみこが欲しいと
言ったのに「買いません!」と買わなかった靴をこっそり
買って置いておいたのを、渡すと。
「わあ、いつ買ったの〜?」とふみこ。
合わせて、ふみこのもう一つの名前である「聖フランシスコ」の
伝記を詩にした絵本と、ほか2冊の絵本をプレゼント。
これは、おいおい読んでいけたらいいな。

と笑顔が戻ったところで、ふみこ、おもむろに自分の
勉強部屋に行き、戻ってくると。

ハート型の箱を私に渡すではありませんか。

「何これ?」
と言うと
「開けてみて!」
とふみこ。

開けてみると。

冒頭の写真のブレスレットが、ピンクと水色の2色、
入っていたのだった。

「お母さん。産んでくれて、ありがとう!!」

と。

「だって、前、お誕生日は、生まれた日だから、
 生まれたことをありがとうする日でもあるって
 言ってたでしょう?」

思いもよらないプレゼント。

そういえば、ひと月前くらいから、コソコソとお父さんと
相談するふみこがいた。
前から、「お母さんのお誕生日に何がほしい?」
とさんざん聞かれていて、「何もいらないよ。ふみちゃんが
花を摘んでくれたらそれで十分だよ!」
と言っていたのだけど、まさか自分の誕生日に
プレゼントを買ってくるなんて。
おこづかいを使って買っておいたらしい。
ハート形の箱も、中に詰めたワタや飾りのものも、
100円ショップで吟味して選んでくれたんだって。

思いがけず、ふみこからプレゼントを頂く日になってしまった
けど、ふみこには、本当に生まれたことをありがとうと言いたい。
生まれたこと、そこにいる、だけで、私は幸せ。

母子でぶつかってばっかりだけどね。

夜は、ふみこのリクエストで、骨付きモモ肉のオーブン焼き
(クリスマスのような感じ)。フランスパン。
ケーキは、しゅうへいとたつじの時に買った店で
ショートケーキを買って、みんなで頂いた。

8歳おめでとう、ふみこ。
楽しい1年になりますように!!
by stafyk | 2013-10-03 09:42 | 家族のこと
前項からの続き)

高熱、呼吸の乱れ、
ぜんそくの発作??

寝かすより、縦に抱いた方が息が楽になるかな、
と思って、縦に抱いてみる。
鼻が詰まっているせいで息が苦しい様子。
あまり呼吸の乱れは変わらず。

とりあえず熱を測るために階下に降りる。
11時半。
38、7℃。

シホを抱いたまま、ネットでぜんそくの発作や
高熱で呼吸が苦しい時の対処について調べてみる。

高熱だけなら、だいたい翌日まで様子を見るのが
私のやり方だけど、呼吸がからむと不安になる。
苦しそうなので、オットを起こして、
夜間救急をやっているところに連れて行こうかと考えて、
ふとシホを見ると、様子がおかしい。

さっきまで苦しそうにしていた呼吸の音が全然しない!

え。。

耳を口のそばに持って行くも、全く息がかからない。

目はすわっていて、声をかけても全く反応もしない。
あわてて、大声でオットを呼ぶ。
「シホが息してない!!来て!!」
オットが慌てて降りてきた。

救急車をオットが呼んでいる間、
シホを床に寝かせ、口をふさぐようにして、私の息を吹き込む。
「シホ!息して!息して!」
何回か息を吹き込んだ時、少し目が動いた。

オットが着替え、「おれが行こうか?」と。
でも、先週からの様子とこの夜起きたことを知っているのは私。
私が行かなければ。
急いで着替え、ぐったりしたシホを抱き上げたところで救急車が到着。

車内で酸素を入れてもらう。

そのころ、お向かいのいつもよくしてくれる奥さんが出て来て、
オットから事情を聞き、「子どもたちのことは見ておくから、
あなたも行ったら?」と言ってくれ、オットも同乗することに。

搬送先は、会津若松の総合病院。

途中で夕食で食べたものを戻し、酸素のマスクを手で押しのけるほどに
力が出てきた。
息はまだ苦しそう。

病院に到着すると、点滴を受け、レントゲンを撮り、血中酸素量を測る
器具をつけられるシホ。
当直の先生の見立てでは、「この年の子としては酸素量が低く(90%~95%)、
恐らく肺炎になっているのだと思う。息が止まったことは、原因が分からないが、
明朝の小児科の診断を受けてください」とのことで、一晩泊まることに。

1時頃に一通り検査を終えてベッドに案内された。
そのころ、なんと隣に住む大家さんが病院に来てくれ、
付き添いで来ているオットを、車で送ってくれるとのこと!!
なんて親切なんでしょう。。。
「お互い様だから」と。

いつも、お向かいの奥さんにも、大家さんにも、してもらってばかりで
全然お互い様ではないのだけど、、
優しさが身に染みます。

3時ごろ、オットが帰宅。
シホもようやく呼吸も楽にスヤスヤ熟睡を始めた。

明け方には血中酸素は97%くらいまで回復し、
熱も平熱に下がった。

元気になったシホは、点滴を取りたがり、酸素量を測る器具を外したがり、
小児科診察の時間が非常に待ち遠しかった。
私のバッグにたまたま入っていたトランプで遊ばせたりして
何とか時間をつぶし、小児科へ。

診察とウイルスや炎症反応、レントゲンなどの検査の結果、
軽い肺炎との診察。
呼吸も熱も落ち着いているので、抗生剤と通っている病院の
薬で様子を見てあげてください、とのことで、
入院も免れ、午前中にはすべてを終えて病院を後にできたのだった。

入院になったら母に来てもらわないと立ち行かない、と
判断して母に明け方にヘルプメールを出し、結局入院はないから
大丈夫、と再度メールを出したものの、母は猪苗代まで来てくれた。

約1週間。子どもの相手と家事の多くをやってもらい、
9月の頭から何だか疲れ切っていた私自身が、かなりリフレッシュできた。
ありがとう、母!

そして一昨日。
タツジ発症から2週間と二日たって、シホがおたふくに。
熱が出なかったタツジと異なり、体力が落ちているせいか
39℃まで熱は出るし、頬はタツジより痛がるしで、
なかなか二日間は大変だったけれど、
ようやく今日は落ち着き、機嫌よく遊べるようになった。

おたふくは未罹患、非ワクチン接種であれば誰でもかかるけれど、
子どもの肺炎は風邪をこじらせることで起きるものだから、
変な呼吸音になったら、もっと早く病院に行った方がいい、
というのが、今回の反省。
親の責任大です。

シホが息をしていなかったあの数分間は、本当に怖かった。
死が近く感じた。

無事で、良かった。

呼吸が止まった事について、追記
by stafyk | 2013-09-13 23:12 | 家族のこと
8月26日、始業式の朝。
タツジが、「ここが痛いの」と、耳の下を押さえて
階段を降りて来た。

おたふく風邪?!

上の2人をそれぞれ送り出してから、猪苗代に来て
初めて小児科に連れて行く。

診断は。

おたふく風邪。

それより、息をするときの呼吸音が気になる、と先生。
タツジは1週間前から若干風邪気味で、湿った咳は
気になっていた。

再び聴診器を当てると、一瞬だけど、ヒュッと音がする。
ぜんそくの可能性がある、とのこと。

その横にいるシホはもっと呼吸がぜーぜーしていて、
実は、5月、引っ越した当初から、風邪がずっと消えずにいて、
湿った咳もゼーゼー呼吸も、良くなったり悪くなったりを
繰り返していた。
免許を取りに行ったり、新生活のバタバタもあったりで、
「風邪だから、そのうち治るだろう」という思いから、
気になりながらも、病院に行かずにここまで来てしまっていた。

聴診器を当てると。
「お兄ちゃんより、ひどいですね。ぜんそくだと思います。
 季節的に、出やすいので、薬で様子を見てみましょう」
とのこと。

ぜんそく、というのは、発作が起きると呼吸が苦しくなって、
ステロイドを吸引したりする病気、という印象があったので、
普段とっても元気で、熱も出たことがないシホには
無縁だと思っていた。

でも、元々呼吸器が弱く、体質的にぜんそくになりやすいのだと
すると、風邪をこじらせたり長引かせたりすることで
症状が出ることはあります、と言われ、納得する。

その日はステロイドを2回吸引し、いくつかのぜんそくにいい
薬を2人分処方してもらって帰宅する。

9月5日。
2人の症状があまり改善しなかったので、再び病院に行く。

少しは良くなっているけど、まだ続けた方がいいでしょう、とのことで、
長いもので2週間分のぜんそくに対する薬が処方された。

その晩。
シホの苦しそうな呼吸で目が覚めた。
身体も熱い。高熱だ。

次項に続く)
by stafyk | 2013-09-13 22:54 | 家族のこと

公道デビュー、納車

おととい、19日。
オットがパジェロで練習がてら、駅まで送ってほしい、と言うので。
ついに免許取得後、初めて公道を運転することになった。

コースは、
① 町役場にて、参議院議員選挙の不在者投票。
 (1月1日現在の住所が東京だったため)
② スーパーで買い物
③ 駅にオットを送り届け
④ 幼稚園にしゅうへいのお迎え
⑤ 帰宅

町役場まではオット、その後は私の運転だった。
オットは助手席から
「左に寄り過ぎだよ」「ここ右折ね」
とこまめに運転をチェックしてくれ(左に寄り過ぎなのは、教習中からの
癖になっている)、何とか無事にオットを駅に送ることができた。

駅からはいよいよ1人での運転!
幼稚園の手前にある駐車場に停めるにあたり、すいていたので
一番奥に停める。
その後はお迎えの車でいっぱいになっていたので、技術がないと入れづらかったと思う。
出る時も、ちょうど真後ろがいなくなったので、問題なく抜けられてほっ。

帰宅した後も、バックで駐車でき、無事に初めての公道運転が終わったのだった。

翌日も夜、オットを迎えに運転することになったのだけど、
この話は割愛。
二日間のパジェロ運転で、少し、車に慣れることができた。

そして今日。

7月7日に皆でカーディーラーに行って選んだ中古車の日産セレナ20Gが、
いよいよ納車となった。

(セレナ20Gが分かる試乗レポートがありました。コチラ

昼間、オットとふみこ、タツジの3人が南相馬に誕生したじゃぶじゃぶ池の
オープニングセレモニーに参加するために出掛けた関係で、納車は
夜になった。

一通り説明を受けてから、子どもたちのシートを全部セレナに移し(乗りたがったので)
会津若松から片道50分近く、何とか無事に帰宅することができた。

これがまあ、非常に運転しやすい車で、私の思い通りに動いてくれる。
大きな買い物ではあったけれど、これから相棒になってくれるのだと思うととても嬉しい。
パジェロはオットの通勤および仕事用、セレナは私の普段使いおよび週末や休日の
家族用という役割になると思う。

セレナさん、これから末永く、よろしくね。
安全運転、がんばります!
by stafyk | 2013-07-21 23:23 | 家族のこと

女三人東京旅

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14日の自動車学校卒業検定終了後、会津若松駅まで送ってもらい(考えたらこの日、お迎え→検定→送り、全部同じ先生だった)、高速バスで郡山まで行き、子どもたち&オットと落ち合った。
そして、私とふみこ、シホの女三人になり、新幹線に乗り込む。

目的地は、、

東京、台東区の入谷!

つい2ヶ月前まで住んでいた街に行き、ふみこの友達及び私のママ友に会うためのプチ旅行であった。

2時1分発のやまびこ号は、新車両。座席はシック、車椅子対応多目的トイレが各車両に2つずつ。
素晴らしい新幹線を作ったものです。
これに乗ると、郡山から1時間17分で上野に着く。近いじゃないですか。

ふみこは大宮を越えたあたりから、窓にべったり顔をつけて「東京だ~、懐かしい!」と連呼。
高層ビル郡=東京と思うらしい。

到着その日は目黒の祖母宅にお泊まりし、翌朝、長野に帰る母の車に同乗し、入谷南公園まで送ってもらった。

ここは我が家の子たちが入谷にいる間、幼稚園の帰りや休みの日などに、毎日のように遊びに出掛けた公園。
9時半に着いたので、もちろん誰もいず、しばらく三人で遊ぶ。

そのうち、今回のために約束かなった友達が一人二人と姿を見せ、最終的に5人の小2と一人の弟君、我が家のシホの七人の子どもが公園で遊べた。

セブンイレブンで買ったおにぎりなどを公園で食べ、午後は、また別の双子のお友達のおうちにみんなでお呼ばれし、3時47分発の新幹線に乗るまで、たっぷり遊んだのだった。

「ふみ~」とか「ふみちゃん」と呼ばれるたびに嬉しそうに「なあに~」なんて返事をして、ふみこは終始楽しそうだった。
帰りのふみこの寂しそうなこと。「ずっと東京にいたい」。

ふみこにとっては東京が生まれ故郷、ふるさとだもんね。
私が山や川を見て懐かしいように、ふみこはビル郡を見て懐かしく感じる。
気兼ねなく何でも言い合って遊べる友達がいて、かけがえのない場所なんだろうね。

今度入谷に行けるのは来年かな。もう少し早いかな?
そのうち、東京より猪苗代が好きになるのかな。

そんな変化も楽しみではある。
とにもかくも、夢がかなって良かったね、ふみこ。

そうそう、初日は私も子どもたちを母、祖母、叔母、兄(たまたま遊びに来ていた)に任せ、子育て戦友でもあるママ友と、ファミレスでゆっくりご飯をしたのだった。
ずっと笑ってずっと楽しくて、夜じゅう語り合いたかったけど、子どもを預けているので、後ろ髪を引かれつつ帰路に就いたのだった。

親子ともどもリフレッシュ。
夏休みまであと4日。がんばろ~。
by stafyk | 2013-07-17 12:52 | 家族のこと